文字サイズ変更

観光スポット 歴史・文化

更新日:2014年 05月 23日

観る 泊まる 祭・イベント 遊ぶ・癒す 歴史・文化
歴史・文化タイトル

  ■ 肥前千葉氏の歴史と文化(千葉城址) ■ 【小城町】
  肥前千葉氏の歴史と文化(千葉城址)  

今の小城町の基礎を築いた千葉氏の居城があったところです。千葉城は、千葉胤貞(たねさだ)が 築城し代々千葉家の居城となっていました。現在は展望台があり、小城の町を一望できます。晴れた日には有明海や雲仙まで眺めることができます。春は展望台 の周りが桜の花で埋め尽くされる、隠れた桜の名所です。

 〇地図を見る



ライン

  ■ 小城鍋島藩の歴史と文化(祥光山星巖寺、五百羅漢) ■ 【小城町】
  小城鍋島藩の歴史と文化(祥光山星巖寺、五百羅漢)  

黄檗宗(おうばくしゅう)に属する小城鍋島家歴代藩主の菩提寺です。当時は新しく寺院を建立することがご法度であったため、晴気景福 寺の古跡をとり、円通寺の末寺として建立されています。 「祥光山星巖寺」という名前は、初代藩主元茂の法名”祥光院月堂善珊大居士”2代直能の法名”弘 徳院殿星巖元晃大居士”からきています。
境内には五百羅漢が安置され、いろんな表情で私たちを迎えてくれます。現在は200体余りが残っており、 製作年や製作者については明らかではありませんが、江戸時代中頃に三里・西川居住の石工平川徳兵衛一族によって造られたのではないかと伝えられています。

〇地図を見る



ライン

  ■ 国史跡土生遺跡公園 ■ 【三日月町】
  国史跡土生遺跡公園  

弥生時代中期の農耕集落遺跡で、佐賀平野西部においては最大規模と推定され、昭和48年に国の史跡に指定されました。これまでの発掘 調査で、出土した遺物から朝鮮半島との強いつながりが指摘されています。平成4年には遺跡の一部を公園として整備し、学習や憩いの場として活用していま す。

 〇地図を見る



ライン

  ■ 梧竹観音堂 ■ 【三日月町】
  梧竹観音堂  

近代書道の基礎を築いた書聖中林梧竹が建てた観音堂で、今でも書を嗜む人たちの間では梧竹の遺 品や終焉の地を偲んで多数の人々が訪れます。

 

 

〇地図を見る



ライン

  ■ 高田保馬博士生家 ■ 【三日月町】
  高田保馬博士生家  

社会学と経済学に比類のない才能を発揮、京都大学などの名誉教授を歴任し、世界的な経済学者と して活躍する傍ら短歌を愛し、宮中歌会へ召人されるなど、郷土をこよなく愛した文学者としても偉大な功績を残しています。

 

〇地図を見る



ライン

  ■ 金栗山玉毫寺 ■ 【三日月町】
  金栗山玉毫寺  

小城鍋島藩の菩提寺で、3代藩主元武公、6代藩主直員公、9代藩主直小堯公らの墓所が当時のま ま残っています。

 

 〇地図を見る



ライン

  ■ 勝妙寺 ■ 【三日月町】
  勝妙寺  

650年前に日厳上人が開山した日蓮宗の名刹です。「葉隠」の口述人山本常朝の本家中野家歴代 の墓所や町の重要文化財に指定されている鐘(肥前新鐘)があります。山門の書は中林梧竹翁によるものです。

 

〇地図を見る 



ライン

  ■ 常福寺 ■ 【牛津町】
  常福寺  

常福寺は、砥川石工集団の拠点であった谷集落を見下ろす山麓 に開かれています。平安時代初期に弘法大師によって創建されたと伝えられます。本尊の薬師如来坐像と帝釈天立像はいずれも 藤原中期頃の作と推定され、ともに国指定の重要文化財です。

 〇地図を見る



ライン

  ■ 小城市牛津赤れんが館 ■ 【牛津町】
  小城市牛津赤れんが館  

玉屋デパート発祥の地に残されており、建築様式などから推定して明治の中期から後期のものと考 えられます。平成13年、歴史的遺産としての存在が認められ、登録有形文化財となりました。

 

 〇地図を見る



ライン

  ■ 石工の里 ■ 【牛津町】
  石工の里  

元禄時代を中心に優れた名工たちを輩出した砥川地区には、当時を偲ばせる石造物が数多く残されており、その石材を掘り起こした跡地に は、五穀大名神が祀られています。また、付近一帯は眺望もすばらしく石工の里公園として整備されています。

〇地図を見る

 

※「用語解説」に関するご質問・ご要望は、Weblioへお問い合わせください。

ご質問・ご要望はコチラからお問い合わせください。

アンケート

このサイトは見やすかったですか?

      

このページの情報は役に立ちましたか?

      

※返答をご希望される場合は、お名前、ご連絡先をご記入ください。

もどる ページトップへ

HOME

メニューのご案内