「ジュディス台風」幻の被災写真 “次世代へ語り継ぐ”
更新日:2020年3月 4日
69年前に佐賀などを襲った、「ジュディス台風」の被災写真です。
ジュディス台風は昭和24年8月に発生し、佐賀県内では89人が死亡、6人が行方不明となり、甚大な被害をもたらしました。
写真には、川が氾濫し、屋根付近まで浸水した建物の様子や、祇園川の復旧作業に取り組む人の姿がとらえられています。
このような過去の災害を風化させることなく、次世代への教訓として継承していかなければなりません。
この写真は、七田利秀さん(天山酒造株式会社 取締役会長)が、県立図書館などに残されていた写真をデジタル化したもので、今までに県内各地で「蛍の里祇園川 幻の写真展」も開かれています。
ジュディス台風の被災写真
川幅が数倍となり海の様になった祇園川(祇園橋南側と思われる)
祇園川の大氾濫で濁流に呑みこまれそうな岩松小の校舎
岩松小の対岸(二瀬川部落)の民家が濁流に流れ出した瞬間を写す
祇園橋と川幅が3倍くらいになった濁流の祇園川の姿
天山酒造の母屋社屋が完全に流出しその後の建物は川へ傾く
1949(昭和24)年8月 水害時の祇園川の姿
1949(昭和24)年8月 水害時の祇園川の姿
山腹から写した今にも水没しそうに見える岩松小学校の校舎屋根
岩松小校舎ギリギリまで川となり、その中で人影が見える
建物の半分が流出している昔の開泉閣
岩松小の校舎を濁流が舐め始めている(橋は流出している)
濁流で川幅が3倍くらいとなる。祇園川付近。村岡総本舗が見える。
流失した浪松橋跡と南里精米所より馬場部落を望む
8月18日 空から救命具や食料が投下された(久保田町)
活躍する米人運転のブルドーザー、後方の酒蔵は天山酒造
岩蔵・馬場部落の祇園川復旧工事
跡形なく流失した天山酒造の母屋と半分残った天山橋
家屋が崩れ、土砂が流れ込むようす(須賀神社付近か?)
半分流出した祇園橋と右岸、横町地域の惨状
馬の胴体が浸かるほど浸水したようす(8月17日 久保田村)
家屋の屋根まで浸水し、たらいに乗って移動する人
食糧を積んで孤立部落に迎う(佐賀郡久保田村)
屋根の上に避難し、舟で移動する人々(8月18日 久保田村?)
8月25日 (祇園川上流)三日月村、浸水した国道203号線(久保田を望む)
1949(昭和24)年8月 水害時の祇園川の姿
1949(昭和24)年8月 水害時の祇園川の姿
1949(昭和24)年8月 水害時の祇園川の姿
1949(昭和24)年8月16日の天気図
1949(昭和24)年8月14日~19日の天気図
現在の祇園川
現在では、5月下旬から6月上旬にかけてゲンジボタルが飛び交い、九州でも有数のホタルの名所となっている祇園川。
しかし、災害は突然襲ってくるものです。ジュディス台風での水害をはじめ、過去の災害を風化させることなく、日ごろから心構えと準備をしておくことが大切です。
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