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小城市の文化財(絵画)

更新日:2016年 05月 11日

佐賀県重要文化財
けんぽんちゃくしょくかんしつげんきつぞう

絹本着色閑室元佶像

絹本着色閑室元佶画像

指定年月日

平成3年(1991年)3月30日
所在地 小城市小城町池上(医王山三岳寺)

医王山三岳寺は、永仁年間(1293年~1298年)は天台宗に属し、三津寺と称していました。慶長年間(1596年~1614年)に鍋島直茂、勝茂によって医王山三岳寺と改名、閑室元佶を中興開山として再興されました。

 

元佶像は、元佶が没した慶長17年(1612年)頃の作と推定されています。寸法は縦125.6センチメートル、横54.4センチメートルの絹本で袈裟を着け、右手に払子、左手首に数珠を下げ、左斜め向きに椅子に座した元佶を描いています。傍らには柱杖、足元には沓床を置き、椅子の背には法被が懸けられています。

 

三岳寺の寺伝によると、元佶の頂相(禅僧の肖像画)は3幅作られており、三岳寺本はその1幅です。同時期に描かれた伏見円光寺本(重要文化財)とは法量、図様、色彩等がほぼ同一であり、桃山時代から江戸時代初期にかけて政治と文化に業績のあった元佶の寿像として重要な資料です。

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佐賀県重要文化財
けんりゅうじえんぎえ

見瀧寺縁起絵

見瀧寺縁起絵

指定年月日

平成11年(1999年)5月10日
所在地 小城市小城町松尾(清水山見瀧寺宝地院)

見瀧寺は寛永4年(1627年)に佐賀藩初代藩主鍋島勝茂によって、僧豪舜を中興開山として再興されています。宝地院は見瀧寺の子院です。

 

縁起絵は絹本着色で、縦217.1センチメートル、横155.8センチメートル、掛幅装になっています。巻留銘から、鍋島勝茂が寄附したこと、明暦2年(1656年)に当院第二世泰運が表装したこと、明和5年(1768年)に第十一世義硯が再表装したことがわかります。

 

絵画手法としては現場を的確に押さえ、群青を円のように使い、顔料の質も良いものです。金泥も使用されている大変な力作で、制作者は、藩の御用絵師ではなく、中央の絵師や狩野派の絵師である可能性もあります。

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佐賀県重要文化財
なべしまもとたけぞう(こんぞくげんみょうぞう)

鍋島元武像(金粟元明像)

 

指定年月日

平成13年(2001年)2月28日
所在地

佐賀市城内1丁目15番23号(Googleマップで開く)

佐賀県立博物館

小城鍋島家3代藩主鍋島元武は、5代将軍徳川綱吉の信任が厚く江戸城奥詰の職を務め、水戸藩主徳川光圀との交流も知られています。17歳のときに患った疱瘡の跡が残ったため社交を嫌って禅を学び、小城出身の僧潮音道海禅師について黄檗宗の僧となり金粟元明と名乗りました。初代藩主元茂2代藩主直能の菩提を弔うため祥光山星巌寺の建立に尽力し、また、金粟山玉毫寺の開山となっています。

 

この元武像は全部で7幅あり、18歳から39歳まで年を追うように制作されています。黄檗肖像画は、わずかな痣やほくろまでも克明に描写することに特色がありますが、元武像はむしろ理想化された美しい顔立ちで描かれていて疱瘡の跡は見当たりません。また、7幅それぞれに画風が異なっており、大名であり黄檗僧であった鍋島元武(金粟元明)の周辺でさまざまな絵師が活動していたことを窺わせ、肥前の近世絵画の諸相を知る上で重要な資料です。

 

※指定調書、佐賀県庁ホームページより引用しました。

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小城市重要文化財
けいばずえま

競馬図絵馬

競馬図絵馬

指定年月日

平成12年(2000年)3月31日
所在地

小城市牛津町上砥川(巨福山長勝寺)

長勝寺は、臨済宗南禅寺派の寺院で、蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)の開山と伝えられていて、鎌倉時代にはすでに存在していたといわれています。また、長勝寺の奥の院とされる空山観音堂には、平重盛が治承年間(1177年~1181年)に建立したという伝説が残っています。

 

競馬図絵馬は、元来、空山観音堂内に奉納されていたものです。後世に額を付けガラスを張ったもので、当初の奉納形態は定かではありません。絵馬は3枚の檜の板材を用い、横91.3センチメートル、縦53.0センチメートルの大きさです。銘文の末尾に、制作年として正徳元年(1711年)八月吉日と記されていて、図面には「守澄筆」の墨書落款があります。近世絵画の基準作品として重要であり、現在知られている絵馬の中では県内最古の作品として価値が高いものです。

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小城市重要文化財
「あさひ」あおきしげるひつ

「朝日」青木繁筆

 

指定年月日

平成22年(2010年)12月22日
所在地

佐賀市城内1丁目15番23号(Googleマップで開く)

佐賀県立美術館

青木繁は明治15年(1882年)福岡県久留米市に生まれた洋画家で、明治44年(1911年)3月に福岡市内の病院において28歳の若さで没しました。代表作として重要文化財の「海の幸」(石橋財団石橋美術館蔵・久留米市)、「わだつみのいろこの宮」(石橋財団石橋美術館蔵)があります。青木は最晩年の明治43年(1910年)7月に、旧制小城中学校の図画教師で、東京の画塾不同舎時代の先輩であった平島信を頼り小城を訪れました。その後、唐津を訪れた際に「朝日」が描かれたと考えられます。

 

この「朝日」は青木繁の油彩画における絶筆とされ、平島信のつてで佐賀県立小城高等学校の同窓会である黄城会の所蔵となったと伝えられています。本作品は明治浪漫主義の代表的画家であり、日本近代洋画において現在高い評価を与えられている青木繁と小城の関係を知る上で貴重な作品です。

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問い合わせ

小城市役所 文化課/梧竹記念館/歴史資料館
〒845-0001 佐賀県小城市小城町158番地4(桜城館内)
電話番号:0952-73-8809/0952-71-1132(平日、土、日 8時30分〜17時15分) ファックス番号:0952-71-1145
メール:bunka@city.ogi.lg.jp
 

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